大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)511号 判決

東京相互銀行

事実

控訴人(一審原告、敗訴)は、本件債務名義たる公正証書の内容は、被控訴人株式会社東京相互銀行が昭和二十八年九月二十九日訴外藤井光次郎に対し金五十万円を給付し、同人は右給付金のうち金五万七千八百円を給付負担金として支払い、残金四十四万二千二百円を受領したことにつき、控訴人が藤井光次郎の右債務について連帯保証をなし、且つ債務不履行の場合には直ちに強制執行を受けても異議がない旨約したというのであつて、右公正証書の作成に当つては訴外名取辰吉が控訴人の代理人として関与しているが、控訴人は右のような連帯保証を約したことはなく、名取辰吉に対しそのような代理権を授与したこともないから、原判決を取り消し、被控訴人から控訴人に対してなされた強制執行は許さないとの判決を求めて控訴した。

これに対して被控訴人株式会社東京相互銀行は本件公正証書の記載内容が控訴人主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。右公正証書記載の連帯保証契約は、控訴人と被控訴人との間に直接締結せられ、ただこれを公正証書とするため被控訴人が控訴人の委任に基き名取辰吉を控訴人の代理人として選任したに過ぎないと主張した。

理由

控訴人は、本件公正証書作成に用いられた印鑑証明書並びに委任状(甲第三号証の一二)は全く控訴人の関知しないものであると主張するが、これらに押捺された控訴人名義の印影が何れも控訴人の印顆によつて顕出されたものであることは控訴人も争わない。従つてこれらの書証は反証のない限り真正に成立したものとなさなければならないところ、証拠を綜合すれば、控訴人は昭和二十八年九月二十九日被控訴人との間に本件公正証書記載のような連帯保証契約を締結したことを否定し得ないようにみえる。

しかしながら右事実は控訴人の強く否定するところであつて、当裁判所はさらに当審において小林一木、楠川益蔵、並びに控訴人本人の再尋問を実施したのであるが、その結果控訴人のいうところがむしろ真相に合致しているとの心証を得たのである。すなわち、これらの証拠を総合すれば、小林一木は昭和二十八年八月当時被控訴銀行の雇人であつたのであるが、被控訴銀行においては自行の使用人に対しては金銭の貸付、給付はしないことになつていたので、金銭の必要が生じた小林は被控訴銀行から融資を受ける手段として、その妻の父藤井光次郎の承諾を得てその名義を使用し、昭和二十八年八月七日被控訴銀行に対し給付の申込をなしたが、被控訴銀行において調査の結果その連帯保証人たる馬場喜作においてその資力が十分でなかつたため、直ちに融資を受けることができなかつた事実を認めることができ、右事実と他の証拠を綜合すれば、控訴人は昭和二十五年より同二十九年までの間に約十回にわたりその経営にかかる旅館営業等の必要資金として日掛貯金または不動産担保の方法により被控訴人から融資を受けたことがあり、その間の日掛貯金の集金は当時被控訴銀行池袋支店の集金係であつた小林一木が担当し、その頃屡々控訴人方に出入していたところ、控訴人は昭和二十八年九月頃融資を受けるときに控訴人の実印をしばらくの間右小林に預けたことがあること、前記甲第三号証の一、二は控訴人の全く関知しないところであつて、その筆蹟も控訴人の筆蹟ではなく、控訴人はその借受にかかる金員はすべて遅滞なく被控訴人に支払つており、また現在においても相当弁済資力を有するにかかわらず、ひとり本件については被控訴銀行から請求を受けるやその支払を拒み、右は自己の全く知らないものである旨被控訴人に通知している事実が認められ、これらの事実に徴するときは、前記甲第三号証の一、二は、全く控訴人不知の間に小林一木によつて前記のようにして預けられた印顆を不正に使用して下附を受けまたは偽造されたものと推認するのを相当とする。従つてこれらの書証はすべて本件連帯保証契約の成立を証明する証拠とはなり得ないものである。

以上の次第であるから、本件公正証書記載の連帯保証契約は控訴人の全く関知しないものであつて、控訴人はそのような契約をしたことがないと認めるのを相当とするので、本件公正証書は事実に吻合しないものであり、従つて右公正証書の執行力の排除を求める控訴人の本件異議は理由がある。よつてこれと異なる趣旨に出でた原判決を取り消し、被控訴人より控訴人に対してなされた強制執行はこれを許さない旨判決した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例